こんにちは
条文中に移転と譲渡という言葉が出てきてどちらだったのかと混乱することがあるかと思います。
移転は譲渡も含むとても広い概念です。
移転には包括的な移転である一般承継と、(普通の?)移転である特定承継があります。譲渡とは移転の一種です。
- 特許権の移転のいろいろ
特許の譲渡では、普通はまず会社間で特許譲渡契約を結びますが、それだけでは不十分で特許庁への登録(出願人名義の変更)もしないと効力が生じません。(効力とは特許譲渡契約が有効かの話ではなく特許法上の第3者へ対抗できるかなどの話です。)
(登録の効果)
第九十八条
次に掲げる事項は、登録しなければ、その効力を生じない。
一特許権の移転(相続その他の一般承継によるものを除く。)、信託による変更、放棄による消滅又は処分の制限
二専用実施権の設定、移転(相続その他の一般承継によるものを除く。)、変更、消滅(混同又は特許権の消滅によるものを除く。)又は処分の制限
三特許権又は専用実施権を目的とする質権の設定、移転(相続その他の一般承継によるものを除く。)、変更、消滅(混同又は担保する債権の消滅によるものを除く。)又は処分の制限
2前項各号の相続その他の一般承継の場合は、遅滞なく、その旨を特許庁長官に届け出なければならない。
--------------- 特許法 第九十八条 引用ここまで ------------
一般承継では特許庁への登録前でも効力が発生します。ただし、遅延なく届けないといけません。
Q&A
一般承継(相続、合併、会社分割等)による出願人名義変更届について | 経済産業省 特許庁
Q2出願人名義変更届(一般承継)の効力発生日はいつからですか。
A2.相続、合併、会社分割等の効力発生日に一般承継の効力が生じます。出願人名義変更届(一般承継)の届出により効力が生じるものではありませんのでご注意ください。等
特許法98条に通常実施権の登録はありません。その代わり当然対抗ができます。
特許権が第3者に移転されたとき、実施権者の対抗
(通常実施権の対抗力)
第九十九条
通常実施権は、その発生後にその特許権若しくは専用実施権又はその特許権についての専用実施権を取得した者に対しても、その効力を有する。
--------------- 特許法 第九十九条 引用ここまで ------------
移転、譲渡の制限の整理
特に共有の場合の扱いや承諾が必要なケースと不要なケースにに注意してください。
具体的な移転手続きは以下のリンクを参照ください。
特許権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又はその持分を目的として質権を設定することができない。
2特許権が共有に係るときは、各共有者は、契約で別段の定をした場合を除き、他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができる。
3特許権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その特許権について専用実施権を設定し、又は他人に通常実施権を許諾することができない。
--------------- 特許法 第七十三条 引用ここまで ------------
(通常実施権の移転等)
第九十四条
通常実施権は、第八十三条第二項、第九十二条第三項若しくは第四項若しくは前条第二項、実用新案法第二十二条第三項又は意匠法第三十三条第三項の裁定による通常実施権を除き、実施の事業とともにする場合、特許権者(専用実施権についての通常実施権にあつては、特許権者及び専用実施権者)の承諾を得た場合及び相続その他の一般承継の場合に限り、移転することができる。
2通常実施権者は、第八十三条第二項、第九十二条第三項若しくは第四項若しくは前条第二項、実用新案法第二十二条第三項又は意匠法第三十三条第三項の裁定による通常実施権を除き、特許権者(専用実施権についての通常実施権にあつては、特許権者及び専用実施権者)の承諾を得た場合に限り、その通常実施権について質権を設定することができる。
3第八十三条第二項又は前条第二項の裁定による通常実施権は、実施の事業とともにする場合に限り、移転することができる。
4第九十二条第三項、実用新案法第二十二条第三項又は意匠法第三十三条第三項の裁定による通常実施権は、その通常実施権者の当該特許権、実用新案権又は意匠権が実施の事業とともに移転したときはこれらに従つて移転し、その特許権、実用新案権又は意匠権が実施の事業と分離して移転したとき、又は消滅したときは消滅する。
5第九十二条第四項の裁定による通常実施権は、その通常実施権者の当該特許権、実用新案権又は意匠権に従つて移転し、その特許権、実用新案権又は意匠権が消滅したときは消滅する。
6第七十三条第一項の規定は、通常実施権に準用する。
--------------- 特許法 第九十四条 引用ここまで ------------
裁定の通常実施権の移転
3項ですが83条や前条(つまり93条)の裁定通常実施権は事業とともにする場合に限りとあります。これは相続その他の一般承継でも移転は認められないという意味です。強制的に設定された実施権なので、事業とは別に実施権だけを第3者に移転するくらいならそもそも裁定すべきなのかやり直すべきなのでしょう。
4項92条は自己の特許発明、登録実用新案又は登録意匠を実施するための通常実施権で詳しくはリンク先を参照ください。
なお事業とともに移転する場合に限るのはTRIPS協定にあります。31条(e)
TRIPS協定
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/trips/chap3.html#law31
第31条 特許権者の許諾を得ていない他の使用
加盟国の国内法令により,特許権者の許諾を得ていない特許の対象の他の使用(政府による使用又は政府により許諾された第三者による使用を含む。)(注)を認める場合には,次の規定を尊重する。
(注)
「他の使用」とは,前条の規定に基づき認められる使用以外の使用をいう。
- (a) 他の使用は,その個々の当否に基づいて許諾を検討する。
- (b) 他の使用は,他の使用に先立ち,使用者となろうとする者が合理的な商業上の条件の下で特許権者から許諾を得る努力を行って,合理的な期間内にその努力が成功しなかった場合に限り,認めることができる。加盟国は,国家緊急事態その他の極度の緊急事態の場合又は公的な非商業的使用の場合には,そのような要件を免除することができる。ただし,国家緊急事態その他の極度の緊急事態を理由として免除する場合には,特許権者は,合理的に実行可能な限り速やかに通知を受ける。公的な非商業的使用を理由として免除する場合において,政府又は契約者が,特許の調査を行うことなく,政府により又は政府のために有効な特許が使用されていること又は使用されるであろうことを知っており又は知ることができる明らかな理由を有するときは,特許権者は,速やかに通知を受ける。
- (c) 他の使用の範囲及び期間は,許諾された目的に対応して限定される。半導体技術に係る特許については,他の使用は,公的な非商業的目的のため又は司法上若しくは行政上の手続の結果反競争的と決定された行為を是正する目的のために限られる。
- (d) 他の使用は,非排他的なものとする。
- (e) 他の使用は,当該他の使用を享受する企業又は営業の一部と共に譲渡する場合を除くほか,譲渡することができない。
- (f) 他の使用は,主として当該他の使用を許諾する加盟国の国内市場への供給のために許諾される。
- (g) 他の使用の許諾は,その許諾をもたらした状況が存在しなくなり,かつ,その状況が再発しそうにない場合には,当該他の使用の許諾を得た者の正当な利益を適切に保護することを条件として,取り消すことができるものとする。権限のある当局は,理由のある申立てに基づき,その状況が継続して存在するかしないかについて検討する権限を有する。
- (h) 許諾の経済的価値を考慮し,特許権者は,個々の場合における状況に応じ適当な報酬を受ける。
- (i) 他の使用の許諾に関する決定の法的な有効性は,加盟国において司法上の審査又は他の独立の審査(別個の上級機関によるものに限る。)に服する。
- (j) 他の使用について提供される報酬に関する決定は,加盟国において司法上の審査又は他の独立の審査(別個の上級機関によるものに限る。)に服する。
- (k) 加盟国は,司法上又は行政上の手続の結果反競争的と決定された行為を是正する目的のために他の使用が許諾される場合には,(b)及び(f)に定める条件を適用する義務を負わない。この場合には,報酬額の決定に当たり,反競争的な行為を是正する必要性を考慮することができる。権限のある当局は,その許諾をもたらした状況が再発するおそれがある場合には,許諾の取消しを拒絶する権限を有する。
- (l) 他の特許(次の(i)から(iii)までの規定において「第1特許」という。)を侵害することなしには実施することができない特許(これらの規定において「第2特許」という。)の実施を可能にするために他の使用が許諾される場合には,次の追加的条件を適用する。
- (i) 第2特許に係る発明には,第1特許に係る発明との関係において相当の経済的重要性を有する重要な技術の進歩を含む。
- (ii) 第1特許権者は,合理的な条件で第2特許に係る発明を使用する相互実施許諾を得る権利を有する。
- (iii) 第1特許について許諾された使用は,第2特許と共に譲渡する場合を除くほか,譲渡することができない。
- --------------- TRIPS協定 31条 引用ここまで ------------